成就院薬師堂

角館の勝楽町が「勝楽村」だった頃、薬師如来をまつる村の鎮守があり、峰の薬師さんと呼ばれていました。
角館城主、戸沢能登守が眼病にかかり祈願したところ治癒したことで、城内に薬師さんの礼拝所を建てて祈願すると諸願が成就したので、 成就院薬師堂と呼ばれるようになりました。

神明社

その後、諸人の祈願所として信仰されてきましたが、明治維新の神仏分離で真言宗の別社として維持継続されることとなり、薬師の祭典はそのまま角館のお祭りとなりました。

千年以上も角館の人々を守ってきたお薬師さんを、町民は9月8日を宵祭りに、9日を本祭りとして曳山が参拝し、神輿の渡御が行われます。成就院薬師堂にまつわるこの伝統行事は、国指定の無形民俗文化財でもあります。

本尊は、15センチほどの薬師堂瑠璃光如来の秘仏です。

場所
仙北市角館町西勝楽町3

角館鎮守神明社

創建時期は定かではありませんが、中世末に戸沢氏がこの地を統治していた頃に古城山に鎮座しており、現在地に奉還されて以来、ここを神明山と称しています。
今の本殿は、明暦2年(1658)芦名氏の後に入郷した佐竹北家によって遷座されたと伝えられ、その頃より領民・氏子から篤い崇敬を集めています。

薬師堂(成就院)

延宝4年(1676)より例大祭前に獅子舞が全町各戸をまわるようになり、現在も伝統行事として継承されています。

9月7日の例大祭では北浦神楽が奉納され、夕刻には各丁内から曳き出される18台の豪壮な山車が参拝し、角館の祭りとして賑わいます。

場所
仙北市角館町岩瀬149-2

浜田謹吾の像

浜田謹吾(1854~1868)は大村藩士で、15歳にして父親の代わりに戊辰戦争に二番隊鼓手として参戦。刈和野の戦いで戦死しました。

浜田謹吾の像
場所
仙北市角館町岩瀬

祖師堂

大塚山山頂にあります。

祖師堂
場所
仙北市角館町上野71

報身寺

浄土宗鎮西派、浄国山報身寺。角館城主 戸沢能登守政盛が文禄2年(1593)元町に開祖。その後元和6年(1620)当時の城主芦名義勝のとき、西勝楽町に移りました。
格式が高く、境内には戸沢氏代々の念持仏の弁天堂や大鐘楼堂が建ち、戸沢氏ゆかりの旧家の墓も多くあります。本尊は阿弥陀如来。

報身寺
場所
仙北市角館町西勝楽町10

常光院

曹洞宗、久米山常光院。寛正元年(1460)佐竹北家の祖、佐竹義信を開基とし開山したといわれ、末寺に東陽寺・曹渓寺を持つ古刹です。
常陸より角館に移転の際、12年がかりで完成させた本堂伽藍が市の指定有形文化財となっており、現在の本堂がそれです。
寺宝に佐竹北家の歴代当主の肖像画などを収蔵し本尊は釈迦牟尼仏。

常光院
場所
仙北市角館町西勝楽町25

本明寺

一切経は市有形文化財に指定されています。

新潮社初代社長の実家の菩提寺でもあります。

本明寺

場所
仙北市角館町西勝楽町61
ウェブサイト
本明寺

学法寺

日蓮宗、妙榮山学法寺。寺名を3度も変えた珍しい寺で、会津黒川城主 芦名直盛が会津に大宝寺として建立。慶長8年(1604)、芦名義勝が角館に移る際、日盛を迎え開山。その後妙蓮寺となり、寛文7年(1669)学法寺となりました。
代々学僧を輩出し、水戸三昧壇林(日蓮宗の学校)の教師をつとめる僧が多数いました。墓域には二階堂家、平福穂庵・百穂父子の墓があります。本尊は一塔二尊四士。

日本画家平福穂庵、百穂父子の墓
場所
仙北市角館町西勝楽町63

松庵寺

曹洞宗、萬年山松庵寺。佐竹15代義舜の側室の子、永義が始祖といわれています。幼少で仏門に入りましたが遷俗し、久慈郡小里城主となり今宮氏を名乗り、その子孫が開山。慶長7年(1602)佐竹氏の国替えにより現在地に移り、今宮氏が去った後、北家の外護を受けました。

秋田蘭画の祖 小田野直武の菩提寺でもあります。本尊は釈迦牟尼仏。

小田野直武の碑

場所
仙北市角館町田町上丁47

天寧寺

曹洞宗、萬松山天寧寺。室町期の文安4年(1447)芦名氏11代盛信が奥州会津の萬松山天寧寺を本寺として創建しました。
末寺8寺を有した名刹であり、承応2年(1653)3歳の領主 千鶴丸がこの寺で転落死し芦名氏が断絶しましたが、民衆の力で維持されました。
山門は寛政3年(1791)建造の角館城の遺構で、市の有形文化財に指定されています。本尊は釈迦牟尼仏。

天寧寺
場所
仙北市角館町上新町10

その他の仏閣

往生院
仙北市角館町西勝楽町86
西覚寺
仙北市角館町西勝楽町67
日頂寺
仙北市角館町川原鵜の崎川原1
満福寺
仙北市角館町川原寺前47
妙教寺
仙北市角館町雲然荒屋敷176
妙徳寺
仙北市角館町上野71
龍巌寺
仙北市角館町雲然田中330
龍泉寺
仙北市角館町竹原町131

お問い合わせ

仙北市観光情報センター「角館駅前蔵」